このたびは、「第4回 感動ストーリー」に、たくさんのご応募をいただき、誠にありがとうございました。
厳正なる審査の結果、入選作品を選出いたしましたが、どの応募作にもそれぞれの想いや感動が詰まっており、審査員一同、心を動かされました。
ここでは、惜しくも入選には至らなかったものの、多くの方々の心に残るであろう素敵なストーリーをご紹介いたします。
人生の一瞬を切り取ったような、素敵なエピソードの数々を、ぜひご覧ください。
愛知県 Rauhaa/山田 優子 様
タイトル『手のひらが教えてくれた、新しい道 』
私は生まれつき先天性の疾患を持ち、小さい頃から持病と向き合いながら、手術や入退院を繰り返してきました。
体がいつも重たく、頭痛や吐き気に悩まされる日々。
自分の体力の限界を知らずに倒れ、入院して気づく――そんな日常を過ごしてきました。
さらに、大人になると生活の忙しさに加え、病気を抱えた両親の介護が重なり、心も体も限界に近づいていました。
毎日必死に目の前のことをこなすだけ。
それでも両親を支えることが自分の役目だと信じて、歯を食いしばっていました。
そんな中、友人が参加しているマルシェに遊びに行く機会がありました。
そのとき目にした「ハンドセラピス体験会」という看板。
知らない言葉に、心がふと引き寄せられました。
「何だろう?」 「試してみようかな。」 ――そんな軽い気持ちで体験してみることにしました。
そこで出会ったのが、私の先生となる Mさん。
Mさんの施術を受ける中で、手のひらでそっと触れられた瞬間、長年自分でも気づかないうちに抱え込んでいた緊張や疲れが溶けていくような感覚がありました。
施術後、驚きの連続でした。
体が驚くほど軽い。
頭痛がない。
そして、慢性的だった便秘が解消されている。
この感動が3日間続きました。
これまで経験したことのない体の軽さと心の安らぎに、思わずMさんに感動のメールを送りました。
その時ふと心の中で、「私もいつか、この施術を学び、人を癒せる人になりたい」と思ったのです。
ただ、現実は簡単ではありませんでした。
介護の忙しさ、生活の優先順位、なかなか一歩を踏み出せないまま、4年という月日が流れていきました。
そんなある日、主人にハンドセラピスの話をすると、彼がこう言ってくれました。
「本当にやりたいことなら、やってみればいい。協力するよ。」
その言葉に背中を押され、義母も協力してくれることになり、ついに私は学ぶ決心をしました。
ハンドセラピスを知る前と今の私は、まるで別人のようです。
体が軽くなり、両親の介護をしていた頃よりも元気な自分がいます。
ただ一つだけ後悔があるとすれば、この施術を両親に届けることができなかったことです。もしこの方法を知っていれば、どれだけ楽にしてあげられただろう――そんな思いが今でも胸をよぎります。
これから私は、この施術を一人でも多くの人に届けたいと思っています。
忙しさや不調に悩む人、家族を支える人、そしてかつての私のように疲れ果てている人に、この温かさを伝えたい。
ハンドセラピスは、私の人生を優しく変えてくれました。
この手のひらから伝わる癒しと感動を、これからも多くの人に届けるために、私は前を向いて進んでいきます。
富山県 nikowa/大村 真美 様
タイトル『ハンドセラピスによる健康と繁栄 』
母の乳がんが発覚したのは、ハンドセラピス施術後の何気ない会話がきっかけでした。
施術を終えた後、母が「右胸にしこりがあるんだよね」とぽつりと口にしました。
普段、自分のことをあまり話さない母が口にした言葉だったので、よっぽどのことだと直感しました。
施術をしながらその言葉が気になり、すぐに病院での検査を勧めました。
数日後、乳がんと診断されました。
幸いにも転移は見られなかったものの、その知らせは私たち家族にとって大きな衝撃でした。
私の頭をよぎったのは、高校生の頃に祖母を悪性リンパ腫で亡くしたときの記憶です。
当時の私は、大切な人を失うことの悲しみと無力感に打ちのめされました。
その経験があったからこそ、母の診断結果に直面したとき、再び大切な人を失うのではないかという思いが胸を締め付けました。
今の医学の進歩により乳がんが必ずしも死に直結するものではないと分かっていながらも、母が抱えている病に対して何かできることはあるのではないと思いました。
この経験を通じて、私はハンドセラピストとしての役割を改めて考えさせられました。
私たちハンドセラピストは、医療専門家ではありませんが、患者さんの心身のリラックスを促し、穏やかな気持ちで治療に向き合えるようにすることができるのではないかと思っています。
日々の施術を通じて、ハンドセラピスが持つリラックス効果やストレス軽減の力があるのは明白です。
がん治療の主要な方法ではありませんが、ハンドセラピスには心身のバランスを整える効果があります。
そのため、治療に向き合う方々の心の支えとなり、前向きな姿勢を育む一助となれると信じています。
ハンドセラピスを通じて、穏やかな時間と安らぎを提供することで、患者さん、またその家族の方への精神的な負担を少しでも軽減できればと考えています。
現在、母は通常の生活を送ることができています。
健康で笑って楽しく過ごせるよう寄り添いながら、施術を行う中で心身のバランスを整える大切さを改めて実感しています。
医療の力と家族の支えがあったからこその結果でしたが、ハンドセラピスを通じて私自身も母自身も病気を治そうという気持ちを強く持ち続けることができたことに大きな意味を感じています。
私がハンドセラピスを始めたのは、ストレスで疲弊している人々に寄り添い、健康をサポートしたいという思いからでした。
この経験を通じて、その信念はさらに強まりました。
大切な人を守りたい、健康を届けたいという気持ちは、私の原動力となっています。
これからも、私はハンドセラピスを通じて多くの方々に笑顔を届けていきたいです。
ハンドセラピスは、健康と繁栄をもたらすものであり、それによって人は新たな一歩を踏み出す力を得ることができます。
その力を引き出すサポートを続けながら、母との経験を胸に、一人ひとりに寄り添い続けたいと思います。
富山県 Belle/白石 未来 様
タイトル『Aちゃんの夢 』
私が中学3年生のAちゃんに出会ったのは、夏の開業前に行なっていたモニター期間でした。
Aちゃんのお母さんがママ友から聞いて足を運んでくれたのがきっかけです。
初日のAちゃんは、『とても礼儀正しい子だな。でもどこか無理して笑っているのかな。』という印象でした。
Aちゃんは2年前から夜に眠れなくなり、「起立性調整障害」と診断されたそうです。
病院からの薬の他、漢方やアロマなど色々と行なっていても、日中もベットから起きることが出来ず、不登校が続いているとのことでした。
いざ施術をはじめると、なんと背中のあらゆるところに床ずれがあり、真っ黒な背中がとても衝撃でした。
今になって思うと、この出来事が今の私のスタートだったのかなと思えます。
施術の次の日、お母さんから『Aちゃんが夜にぐっすり寝て、朝は自分で起きてきた』と驚きと喜びのメッセージを頂きました。
それからは週に一回、遠くから通ってくれるようになりました。
「先生、わたし目を閉じると悲しいことがたくさん浮かんできて涙が止まらないの」
「先生、学校に行ったらみんなわたしをどう思うかな」
少しずつですが、Aちゃんが日頃感じていること、我慢していることをAちゃんの方から伝えてくれるようになりました。
毎回、Aちゃんは施術が終わるとお茶をたくさん飲み、スッキリした顔になって、お迎えの車が来ると手を振りながら車に乗り込みます。
私はその姿を見送りながら、Aちゃんに対してまだ他にできることはないか、カウンセリングは合っているのかなど、猛烈に勉強しました。
そして季節は冬。
Aちゃんは眠れる日がどんどん増え、
「先生、趣味見つけたの、ギター教室に通っているの」
「先生、お母さんとコンサートに行ってきたよ」
と施術が終わるまでずっと楽しそうに話してくれるようになりました。
ある日、いつもはジャージ姿のAちゃんが制服で来店しました。
「先生、わたし高校に行きたい、1日も休みたくない、だから手伝ってください」と。
私は「めっちゃいいじゃん!一緒に頑張ろう!」と笑顔で伝えることが精一杯でしたが、本当は施術中に泣いていたよ。笑
お母さんから「先生に出会ってAはとても明るくなって目標も見つけました。高校に受かったらギターを買う約束までさせられましたよ!」と泣きながら伝えてくれました。
ハンドセラピスは自律神経を改善できる素晴らしい技術です。
そして、身体の不調がなくなるということは、その当事者だけでなく、間違いなく周りにも笑顔が増えていくのだとAちゃんを通じて、強く感じました。
Aちゃんのために、お母さんのために、そしてこれからAちゃんの周りに集まるみんなのために。
そして私のためにも。
私はカウンセラーの資格も取得し、悩んでいる、未来ある子どもたちの笑顔を、そしてお母さん、お父さんの笑顔を増やすために今活動しています。
駆け出しの私に出会ってくれたAちゃん親子に感謝をしつつ、もっともっと質の高い技術と自己開示してもらえる環境を整えていきたいです。
Aちゃんの夢が春に叶いますように。 心より応援しています。
静岡県 1010-Noel ノエル/西渕 佳織 様
タイトル『手から生まれる癒しのエネルギー 』
今回「感動ストーリー」に応募したのは自分のネガティブな部分を公表する事への戸惑いもありましたが、ハンドセラピスとの出会いが私自身が大きく変わる大切な存在となった事を知っていただきたいと思ったからです。
私がハンドセラピスを知ったのは自身の体調不良がきっかけです。
頭痛、めまい、吐き気、不眠、食欲不振などの不調が続き、検査をしても特に異常は見つかりませんでした。
ですが、自分では心がとても不安定になっている事が原因だと分かっていました。
私は幼い頃、両親が離婚をし継母からは心身ともに虐待を受け、実父からは否定ばかりされ育ってきたので自己肯定感がとても低く自分の存在価値を認められずに生きてきました。
私自身も離婚をし、子育ても上手くいかず、子供達とはすれ違いばかりで、段々と心が離れていくのを感じていました。
息子は、高校を卒業した日に家を出て行き、その後は娘と二人暮らしでしたが、娘も東京への就職が決まり一人になる事に異常な程不安を感じ、次第に心が病んでいき色々な不調となってあらわれたのです。
薬ばかり増え、毎日がとても不安で辛く、自分ではどうにもできない不安定な心と体をなんとか変えたい!とケアを探していた時に出会ったのがハンドセラピスです。
ハンドセラピスは不調を取り除いてくれただけでなく、いつも自信がなく人の顔色ばかり気にして子供に依存していた私に、自己肯定感、自分軸、自立を与えてくれました。
初めてやりたい事を見つけ、自分の意志で行動し資格を取得しました。
この資格取得をきっかけに、私の一番の後悔の『子供達と築けなかった親子の関係』も少しずつ変わり始めました。
時々ですが施術をしながら今までしてこなかった色々な話をする様になりました。
私よりもずっと大きくなった息子と娘の全身に触れるのは、何よりも愛おしく何にも変え難い幸せなひと時です。
時間を巻き戻す事はできませんが、自ら手放してしまった子供達との心と体のスキンシップを取り戻す大切な時間となっています。
それだけでなく40年ぶりに再会した実母との関係も変わってきています。
母の体に素手で触れる事で、疎遠になっていた長年のわだかまりがゆっくりと溶けていくのを感じています。
言葉にはできない思いが肌を通して伝わっているのだと思います。
ハンドセラピスと出会った事で、心にぽっかりと開いていた大きな穴が少しずつ塞がり、自分自身を取り戻せたように思います。
手で触れる事で生まれる癒しのエネルギーを身をもって感じています。
55歳のセラピスト1年生。
まだまだ課題は山積みで、自分の年齢に不安を感じる事もありますが、人生100年時代!
1日でも長くセラピストとしてお客様の元気と笑顔を応援できる様に、私らしさを忘れずお客様と一緒に年齢を重ねていきたい!と思っています。
神奈川県 エナガーデン/山崎 多恵 様
タイトル『人の心を癒すハンドセラピス 』
初めてご来店されたのはお店を始めて3年目のことでした。
すらっと背が高く整った顔立ち、物腰も柔らかく、とても話しやすい印象の女性でした。
姿勢が良くまるでモデルのような体型なのに「首や肩がバキバキなんです」と笑いながらお話しされていたのを覚えています。
施術に入るとコリと張りが強く初回は背中を中心に流しました。
施術後にはスッキリした様子で「なんだかとても元気になりました!」と笑顔でおっしゃって次回の予約も取って帰られました。
ここまではよくあるお客様とのやり取りです。
ただ後に知ることになるのですが、見た目には悩みやコンプレックスなど一切感じさせない彼女には、長い間戦い続けてきた深い苦悩がありました。
彼女は私より少し年下で、有名劇団の女優さん。
ご結婚されていましたが、地方公演も多く多忙な毎日を過ごされている中で、月に2〜3回のペースで通ってくださっていました。
色々な話をしながら楽しい時間を過ごし、通い始めてから2年ほど経ったある日思いもよらない告白をしてくれたのです。
「実は私10年以上前から摂食障害を患っているんです」と。
始まりは同業の友人達の影響で「少し食べ過ぎたら吐けばいい」という軽い気持ちからだったそうです。
女優という職業柄、舞台でのプレッシャーは大きく、そのストレスが重なると無性に食べたい気持ちを抑えきれず、食べては吐くという行為に頼るようになったといいます。
「いつの間にかその行為に依存してエスカレートしていきました。
1人になる地方での滞在中は、夜中まで食べて吐くを繰り返し、何をしているんだろうと罪悪感で『死にたい』とまで思う様になってました」と彼女。
そんな話はご主人にも誰にも言えず、孤独の中で苦しんでいたのです。
施術中で彼女の顔は見えませんでしたが、背中越しに涙が伝わってくるようでした。
ただハンドセラピスを受け始めてから最初は毎日のように繰り返していた「食べて吐く」行為が、徐々に頻度が減り、数ヶ月後には週に1回くらいに。
さらに1年後には月に1回程度にまで減少したと言うのです。
そして2年目に入ると気持ちが不安定な時でもその行為をしなくなり、体調だけでなく心の安定も取り戻すことができたと話してくれました。
さらに増えやすかった体重が多少の暴飲暴食でも増えなくなったり、冷え性や便秘、イライラして家族に当たってしまうこともなくなったと言います。
「ハンドセラピスのおかげで、生き地獄のように感じていた日々が楽しくてキラキラしたものになって、遅くなったけど今は自信を持って治ったと言えるくらいになったので、この話を山崎さんに伝えたかったんです!」と涙ながらに話す彼女の姿に、私自身も思わず涙があふれました。
お帰りになる彼女を見送りながら、2年前も今も変わらず美しく、スタイルも抜群ですが、その目は以前よりもずっとキラキラと輝いていました。
「これからも長く舞台女優として活躍していかれるのだろうな」と思うと同時に、このような奇跡を目の当たりにしてハンドセラピスの素晴らしさに改めて感謝の気持ちと、これからもっと長く続けていきたいと心から思った瞬間でした。
東京都 Feel nature/金田 美都紀 様
タイトル『癒しの手が織りなす奇跡 』
私が自律神経と向き合い始めたのは、中学生の頃でした。
原因不明の熱や体調不良に悩まされ、何件も病院を回り、ようやく診断されたのは「自律神経失調症」でした。
40年ほど前、情報も少なく、周囲の理解も乏しい中で、私はただただ不安に包まれ、心と体が次第に疲弊していきました。
病気に立ち向かう力を見つけられず、荒れ果てて青春時代をいわゆるヤンチャに過ごし、結婚して3人の子供を授かりました。
3番目の娘は未熟児で生まれ、知的障がいを抱えていました。夫も転職したばかりで、頼ることができず、再び私の心と体は限界に達しました。
家族のために戦う日々の中で、私は再び自分を犠牲にし、心も体も壊れていきました。薬を手にしても、心の奥に空しさが広がっていきました。
そんな時、リラクゼーションサロンで働くことを決心しました。
子供たちが水泳やサッカーをしている中で、私は怪我予防やメンテナンスができる仕事をしたいと思ったからです。
その思いが、私をサロンへ導き、そこで出会ったのがハンドセラピス(当時エナジーテラピー)でした。
初めてその施術を受けたとき、体の中から不思議なほど温かいものが流れ、心が軽くなり、体が目覚めるような感覚に包まれました。
その瞬間、自分の体調が整っていくことに感動し、私は深く感じました。「これが、私の求めていた答えだ」と。
その後、セラピストとしての道を歩み始め、7年が経ちました。
今では自律神経も整い、体も心も健康を実感しています。
しかし、私が本当に感動する瞬間は、サロンに訪れるお客様との出会いです。
学校に行けなくて悩んでいた学生さん、ストレスで眠れなかったサラリーマン、更年期障害に苦しむ主婦の方々、スポーツを頑張ってきたアスリートの皆さん…。それぞれの方が抱えている不安や苦しみは、私自身が通ってきた道と重なる部分が多くあります。
「頭がスッキリした」「学校に行けるようになった」「夜眠れるようになった」「体が軽くなった」「試合で最高のパフォーマンスが出せた」と笑顔で言ってくださるお客様の言葉を聞くたび、私は心の底から感動します。
私が感じた healing が、今度は誰かの心と体を癒し、力を与えている。
あの時、自分を諦めなかったからこそ、今、こうして多くの人々と共に歩んでいることが、何よりの喜びです。
自分の経験を通して、悩みを抱える方々に寄り添い、心と体を整えるサポートができること。
それが私にとっての使命であり、やりがいです。
これからも、健康を取り戻した私が、少しでも多くの人に希望を届けられるように日々精進していきます。
大阪府 Esthetic Salon Anela/岩崎 恵三子 様
タイトル『自分を大切に、ずっと健康でいたい 』
『実は、乳がんになり手術も無事に終わりました。主治医からは鍼灸や電気での施術の許可を貰いましたが、無理な場合は遠慮なく言ってください。』
フェイシャルで4年通われている30代前半のA様からのDMに、私はショックを受けました。
セラピストの役割は、お客様の心に寄り添い傾聴し癒しの施術を提供すること。
『リラクゼーションを兼ねて是非いらしてください』と返信し予約の当日を迎えました。
病名【遺伝性乳がん卵巣がん症候群】右乳房悪性ステージ1
遺伝性のがんは両乳房とも癌になる可能性があり卵巣がんも併発しやすく、A様は不安を排除したいと決断し両乳房を全摘出されました。
「手術を頑張ったご褒美にハンドセラピスを受けたくて♪卵巣を取るか考え中で…でも、もう生きているだけで十分!自分を大切にずっと健康でいたくて。」
生まれてから自分の体に存在していた【 胸 】
何が正解かもわからない中で悩み、今も決断の日々が続いているのは想像以上に辛いと思います。
主訴は、シルエットの変化で無意識に丸くなった背中、腰痛、肩こり、巻き肩に疲労…
ハンドセラピスの自律神経ケア•凝り固まった筋肉が解れる•体温上昇のエビデンスに必要性を感じられました。
少しの緊張とワクワクで始まった初めての施術!優しくジワーっと入る微弱電流に開始直後から「気持ち良い〜」と心身共に癒されているようでした。
(今だけでも抱えている悩みから解放されますように)と心を籠めました。
「口では表現できないくらい気持ち良かったです!丸かった背中が解れて体がピタッとベッドにくっついて呼吸もしやすいです!」
感動と安堵感で表情が穏やかになりました。
9日後に2回目のご来店。
術後から続いていた痺れが前回の施術後から直ぐに解消したと嬉しいご報告
「あれから前向きな気持ちで過ごせていて、早く受けたくて来ました♪このために仕事頑張ってます!」
顔色と心も明るくなったA様と「ハンドセラピスはA様にとって無くてはならない施術になりましたね♪」と笑い合える時間を過ごせました。
何度かは薬の副作用で体調が悪くキャンセルになりましたが、A様には無理をして欲しくありません。
「私と同じように辛い経験をしている人が沢山いると思うけど、皆どこかでケアをしてるのかな?肌を見せる事に抵抗はあったけど、ハンドセラピスは体だけでなく心も軽くなるので乳がんや他の病後に悩んでいる人に知ってほしいです!だから私の事を発信してください!」
A様の言葉に胸が熱くなりました。本当にありがとうございます。
前向きな気持ちで今を大切に健康に生活を送るためハンドセラピスは【心と体のケアがどちらもできる自律神経ケア】として今後も大きな役割を担うと改めて感じました。
年齢、性別問わず様々な悩みにアプローチができる素晴らしい新技術を多くのお客様にこれからも発信と提供をしていきます。
石川県 CURRENT/中池 美樹 様
タイトル『人生の質が変わる 』
15歳の高校生だったSさんと出会ったのは、暖かくなってきた5月下旬でした。
お母様と2人でサロンに来てくれました。
初めてお会いした時は、恥ずかしそうにうつむきながらも小さな声であいさつをしてくれました。
色白で可愛い子ですが、顔色は青白く、声に張りがない、目はうつろな状態です。
さらに気になったのは、本を抱きしめ、5月下旬に真冬に着るような厚手のコートを着ていたことです。
コートは着たまま、カウンセリングの合間に本を読むことで安心するということでした。
そんなSさんのお悩みは
・色々な声が聞こえてくる
・常に頭痛がある
・手先の冷え
・眠れない
・自室から思うように外に出られない
という深いものでした。
お母様から詳しい様子をうかがうと、中学生の時に突然同級生が嫌になり不登校になってから自宅の自室に引きこもるようになったそうです。
統合失調症の一歩手前だと診断も受けており、睡眠薬がないと眠れなくなっていました。
イライラをお母様にぶつけることも多く、お母様はどうしてあげたらいいのか思い悩み苦しんでCURRENTに来てくださいました。
初めてのハンドセラピスは「不思議な感じ…」とシンプルな感想でしたが、気持ちよさそうに施術を受けてくれました。
体は血流が悪く、全身の筋肉がかたくなりパンパンで辛そうです。
まじめで賢く繊細なSさんは、人の気持ちやあふれる情報に常に緊張しており、
‘‘身体の力を抜けない”状態でした。
ハンドセラピスで筋肉の緊張をほぐし、めぐりを整え、自律神経ケアをすることで、たった1回の施術でも劇的な変化が得られました!
別人の様に表情が明るくなり、目がキラキラしていたのがとても印象的です。
帰宅後は、久しぶりに外に出てお散歩ができるようになり、ニコニコ笑って親子で会話を楽しむことが出来たと連絡をいただき、私もとてもうれしくなりました。
6月下旬の2回目のご来店の際は、抱きしめていた本は無く、半袖のトップスを着て笑顔でご来店です。
幻聴は無し、睡眠薬は使用せず眠れる、頭痛がやわらぎ、よくお出かけができるようになったとSさんがお話をしてくれました。
高校に行きたいなという意欲も出てきたことに加え、本当に驚いたのはバイトに挑戦したことです。数日の出勤ではありましたがSさんの前向きな気持ちの変化を感じられました。
心身に不調を抱え、自室から出られなかったSさんが社会との関わりを取り戻せるまでになりました。
ハンドセラピスによる短期間での人生を変えるほどの変化を目の当たりにして、セラピストになってよかったと感じることができました。
これからも様々な不調やお悩みを抱えたお客様の心を豊かに、体を健康に導けるように努力し続けることを大切にしたいです。
ハンドセラピスの魅力が伝わるよう、自信をもってたくさんのお客様に関わっていきたいと思います。